I Go Heavy <アイ・ゴー・ヘヴィー>(曲名)
〜2002年7月発表。Freewheelersとトムペティーとジョージドラクリアスとテレヴィジョンとローリングストーンズに捧げられている。短調なテーマと、スローでヘヴィーなR&Rスタイルは作者が永年夢見て来た作風であったようで、それと共に、齢を重ねた周囲のツレ共から寄せられる不幸な出来事の数々にインスパイアされた歌詞も、かねてから表現したかった事柄であったと伝えられている。ヘヴィーズにとっては初の7分を超える長尺ナンバーになるこの曲で、メンバー一同から”またタイラのバカがおっ始めやがった”とバンドのプログレ化を危惧する声もあがる中で、サノヴァビッチだけはピンフロ、キンクリ、カクタス、マウンテン(?)等をCDで再購入するなど、意図不明な動きを見せている。ヨコヤのギターはむせび泣いている。尚、アリエが名付けた略称は”アヘビ”である。それはどうかと思う。
 アリエ(人名)
〜ロックバンド”SAME OLD HEAVYZ ”のサポートメンバーとして2002年・春よりベースギターを担当。Moon Beamというロックバンドでもベースギタリストとして活動していたが2003年初頭に脱退、その後もヘヴィーズとの付き合いは続いている。”今度一緒にバンドやろーぜー”という酒の席での軽い冗談をサノヴァビッチが真に受けてしまい、引くに引けぬ 状況での参加という経緯がある。彼の卓越したギャグセンス(力まかせ)と宴会仕切り能力(驚愕!)はヘヴィーズに計り知れない影響を与え続け、彼のギャグから新曲が生まれただの生まれないだの、巷間喧しい事極まりないとの報告もある。得意料理は南瓜ねちょねちょサラダ(カレー味ではない)とされている。
 イケるとこまでイク(曲名)
〜2002年・春、発表。ブッカーT&MG's、ゼム、ドアーズ、監獄ロックに捧げられている。”1コードものは演者に興奮をもたらす”という普遍の法則をまたしても無反省に表現した1曲。オーディエンスの存在がその眼中に無いかの様な演者の熱狂ぶりは、ヘヴィーズにとっては一種の神聖な儀式の如く放出が進行され続け、その後のビールが非常に美味いという結果 をもたらす。全日本手淫連盟推奨曲に採用されている。
 ICCH <イッチ>(人名)
〜Herescenes(別項参照)のオーナー兼、中毒患者兼、独りよがり。ヘヴィーズとの付き合いは古く、ヨコヤが彼から借りたゴリラ(50ccバイク)を盗まれても、サノヴァビッチが店の商品を店主に無断で転売したりしても、彼のヤル気の無さそうな表情には変化は見られない。彼の店のHP上で発表されている作文からも、いかに彼が偉大な人物であるかを彼自身が表現している様子を垣間見る事が出来る。ある個有の限定された効果 を得られる分子組成物を摂取しないと他人とコミュニケーションが取れないという特技を持つ。彼こそヘヴィーズにとって得難い人物であるとの悪評が高い。
 いっちょ前の男(曲名)
〜2003年春発表。曲そのものはヘヴィーズ結成時から存在していたが、当時リズム隊が不在だった為、次第に忘れ去られようとしていたある日、突如サノヴァが持ち出して来て発表されたと言う、越冬キャベツもかくやと思わせる作品。監獄ロックやデジパンクあたりからの影響も窺わせている。オトナ(オヤジ)賛美路線の急先鋒としてにわかに注目が高まっており、今後の展開次第では早くも最重要ポストへの躍進も期待されている。作者の、オトナのオトコへの浅薄な理想像、憧れなどが若干の揶揄も含まれつつ表現されている。危険物取り扱い及び電気工事2種免許取得申請中。
 イナミ(人名)
〜CD”SAME OLD HEAVYZ ”のレコーディング・セッションでベースギターを担当。元TENSION、現OVER☆CUBEのVo&Guitar。タイラとは家が近所という恵まれた環境のおかげでこのセッションに参加出来たものと推察される。しかしタイラのソロライヴへのゲスト出演をドタキャンし、不評を買っている。しかしながらPUFFYへの楽曲提供やCMタイアップなど活躍はめざましく、とくにヨコヤがそのレスポールを羨ましがっている。北海道出身、井波元太部屋
 Year Of The Heavy<イヤー・オブ・ザ・ヘヴィー>(アルバム名)
〜2004年に発表されたヘヴィーズの3rdアルバムのタイトル。参加メンバーは、タイラ、ヨコヤ、サノヴァビッチ、アリエ、ヤノ、以上の5名。Year of the Dragon、Year of the Horse、いや〜、なんとも軽率なタイトルであると言わざるを得ないのが辛い所である。しかしながらタイトルには相反して内容はなかなか充実していたりする事から、せめてタイトルを熟考して欲しかったとする消費者金融連絡会からの追求は今尚厳しさを増している。ジャケットのイラストを担当したアリエはその当時、とても楽しそうだった、らしい。なるほど。
 Year Of The Heavy<イヤー・オブ・ザ・ヘヴィー>(曲名)
〜2006年発表”HEAVYZ'BOTTOM”収録曲。このアルバム中唯一と言っていいヘヴィーズのヘヴィーズたる所以が発揮された曲。ニールヤング、トムペティー&ハートブレイカーズ等に捧げられている。この曲について小欄は未だ客観的になる事が出来ない。辞典編纂者としては失格である。であるがしかし、その様な者が辞典を編纂する事を許され、それをヘヴィーズ自身が鷹揚に認めている現在、小欄は小欄の主義・主張・生き方・来し方・健康法・性的趣向等において何ら恥じ入る所のない所を公にするのに吝かではない、という事実を記しておく。ヨコヤのギター、タイジのピアノ、その他全てがこの曲を見過ごせ得ざる曲としての存在に高めている。尚、この時期のヘヴィーズに他団体からの応援・推奨等は皆無であった。
 Years 'n' Hours <イヤーズンアワーズ>(曲名)
〜2002年・初頭に発表。クリーデンス・クリアウォーター・リヴァイヴァル(C.C.R.)に捧げられている。タイトルは当初、”29(Twenty-Nine)”とされていたが同名の曲(アルバムタイトル)が某有名ミュージシャンにあるため急遽捏造された。あまりにもディディケイションが過ぎて”そのまんまやないけ!”と言う危惧がバンド内で一部あったものの、それがどうした的且つ、借金踏み倒し的暴走により発表された。英詞の整合性の問題について触れられるのをタイラは積極的に拒否している。
 Willie's Apple <ウィリーズ・アップル>(バンド名)
〜ヘヴィーズのメンバー3人がヘヴィーズ以前に在籍していたバンド。1993年結成、2001年消滅。作品はAADレコーズやヒヤシンス・レコーズからCDが5枚発表されている。ヘヴィーズはやはりこのバンドからの流れを汲んでいるものと見られ、その証拠に当時のレパートリーがライヴ等でしばしば演奏される事も多い。うだつのあがらないロックバンドではあったが、ヘヴィーズへの布石として今では研究者の間で重要視されている。
 When The Music's Alright<ウェン・ザ・ミュージックス・オーライト>(曲名)
〜2002年冬発表。ドアーズ”When the music's over”、トムペティー”Cabin down below”、”Into the great wide open”、そして”No woman,No cry”(ボブマーリー)、”HIGHER”(スライストーン)、”Set me free”(キンクス)、”That's how strong my love is”(ストーンズ)、”You Shook me”(ジェフベックグループ&ツェッペリン)、”Train kept a Rollin'”(ヤードバーズ&エアロスミス)、ジョンレノンの曲のどれか、等々に捧げられている。他に抜け落ちてる曲がない事を願わずにはいられない一曲である。
 All We Have Is <オール・ウィ・ハヴ・イズ>(曲名)
〜2003年・初夏、発表。エアロスミスと”ヘイ・ジョー”(ジミ・ヘンドリクス、またはトロッグス)、”遠くで汽笛を聞きながら”(アリス)、”たどり着いたらいつも雨降り”(ザ・モップス、または吉田拓郎)他、に捧げられている。ヘヴィーズ初のバラードちっくなナンバーとして、リリース後の売り上げ高の推移が注目されている(未発売)。リンゴスターの近年の諸作(w/ The Roundheads)にも多大なインスパイアを受けている事は間違いないと思われる曲調である。バンドはこの曲を”メモリーズ”と呼んでいるが、作者は頑にこれを拒否し続けている。